ダウン症の遺伝的な問題に解決の糸口、「染色体を黙らせる秘密」を確認

ダウン症の症状を緩和するような薬につながる発見になるのかもしれない。ダウン症では21番目の染色体が3本になるために、遺伝子の働きが過剰になり問題が起こる。この染色体の働きの過剰を押さえ込む仕組みがはっきりと見えてきたからだ。
「RNA」に注目
米ペンシルベニア大学のミッチェル・グットマン氏らの研究グループが、有力科学誌ネイチャー誌2015年5月14日号に報告したもの。研究グループは体の中で遺伝情報の利用に関わる「RNA」という分子に注目した。RNAは、遺伝情報を保っているゲノムDNAと同じ核酸の仲間。いとこのような存在だ。DNAは2重らせん構造をしているのに対して、RNAはヘアピンのように折り返したループ構造をしている。
DNAからRNAは写し取られる
体内ではDNAの遺伝情報に基づいて、タンパク質が作られている。そのタンパク質を作り出すプロセスの中で仲介役を務めているのがRNAとなる。そんなRNAの中で、DNAから写し取られた後に、タンパク質に翻訳されずにそのまま機能するRNAがある。「ノンコーディングRNA」と呼ばれている。このノンコーディングRNAにダウン症の症状の緩和にもつながる効果が秘められているようなのだ。
タンパク質に翻訳されずに働くRNAの長い鎖
ノンコーディングRNAは、「リボソームRNA」「tRNA」「マイクロRNA」などのさまざまな種類が知られている(さまざまな生命現象をコントロールする「マイクロRNA」、作られるメカニズムを解明を参照)。
このうち数百から数千という塩基と呼ばれる分子が連なったもので、「長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)」と呼ばれるものの機能について検証を進めている。その中で今回、働きがはっきりしてきたのが、「Xist」と呼ばれる性別を決める染色体で働いているノンコーディングRNAだ。
性別を決める仕組みに関係
Xistは「X染色体不活性化」と呼ばれるプロセスのために重要であると分かっていた。人の遺伝情報は23対の染色体というDNAのまとまりによって保たれている。このうち23番目の染色体は性染色体と呼ばれる。基本的に、男性にはX染色体は母親由来の1本で、女性のX染色体は母親由来、父親由来の2本となる。
しかし、X染色体の機能に必要なのは1本だけなので、2本ある場合には両方が働くと過剰になって先天性の病気につながる。通常は各細胞のX染色体を1本止めて、問題を避ける仕組みが働いている。これが「X染色体不活性化」と呼ばれるものだ。
くっつくタンパク質を見つける方法を開発
XistがいかにX染色体の機能を止めているのか。意外と分かっていなかった。Xistは大量に作られて、止めるほうのX染色体を取り囲む。
その上で、さらなるメカニズムがどのようになっているのか。従来は、ノンコーディングRNAとくっつくタンパク質を調べる方法がなく、より詳しいところがよく分からなかった。このたび研究グループはこの方法を開発。過剰な染色体を黙らせる方法を解き明かすまでに近づいた。
3つのタンパク質を明らかに
研究グループは、質量分析と呼ばれる、極めて小さい分子を測定する方法を応用。ノンコーディングRNAとくっつくタンパク質を解明する方法を編み出した。「RNAアンチセンス精製質量分析(RAP-MS)法」という方法だ。この方法を使って、ネズミの受精卵が増えてできるES細胞(胚性幹細胞)から取ったXistの分子から、Xistと直接結合するタンパク質の抽出と精製を行った。ES細胞はその後さまざまな組織に分かれられる文字通り幹となる細胞だ。結果として、研究グループは、Xistと関連する10種類のタンパク質を同定。そのうちの「SHARP」、「SAF-A」、「LBR」の3つが特に遺伝子の抑制に関係すると見つけた。
X染色体を協力して抑える
最も重要なのはSHARP。働きを押さえ込むX染色体の遺伝子が写し取られないように変化させる。「RNAポリメラーゼII」と呼ばれるタンパク質の除去によるものだ。SAF-Aは「足場タンパク質」と呼ばれる、いわば船の「いかり」のような役割を果たしている。Xistや必要なタンパク質をX染色体のDNAにつなぎ止める。さらに、LBRは形を変える役割を持つ。押さえ込む染色体が働きにくくなるようにするのだ。この3種のうちひとつでも存在しないと、XistはX染色体を抑えることはできなくなるという。
病気に応用可能
今後の治療に大いにつながるものだ。XistノンコーディングRNAは、染色体の機能を停止させるわけだ。さらに、ほかの染色体の機能を抑える効果も既に証明されている。
冒頭の通り、ダウン症は21番目の染色体が3本になるために、過剰な染色体の働きが出てくる先天性の病気となる。Xistの仕組みが応用できれば、ダウン症の問題は解決の糸口をつかむことになる。染色体が多かったり、遺伝子が過剰だったりするほかの病気にも応用は見えてくる。これまで謎だった、長鎖ノンコーディングRNAが遺伝子発現を制御する仕組みが見えてきた。コントロールをうまくできるまでに技術開発を推し進めるのが大切となりそうだ。
文献情報
How an RNA Gene Silences a Whole Chromosome. http://www.caltech.edu/news/how-rna-gene-silences-whole-chromosome-46622
McHugh CA et al. The Xist lncRNA interacts directly with SHARP to silence transcription through HDAC3. Nature. 2015;521(7551):232-6.http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25915022